2010年 11月 01日
救国を叫ぶことが反政府デモとなる時 |
ところで、10/23の高松でのデモのレポートに関して、思い出したことをメモしておく。
以前、台湾で仕事をするのに、支那語をならった。先生は日本の大学を渡り歩いているフリーター研究者で、日本人(恥ずかしながら我が社の)経営者の支援を受けている方に教わっていた。ちなみに、この方は配偶者を含めての共産党員で、国策に従った一人っ子の親、そこそこ年輩である。
一回語学研修の打ち上げで、アルコールが入っていた為もあって、素朴な、今思えば当たり前過ぎて噴飯ものの疑問をぶつけてしまった。
つまり、支那人民共和国の人民は自国民(国家の構成員である国民のこと)を大量に、約1億人以上を虐殺している共産党より、わずかな(彼ら自身の代表が言う130万人程度の)支那人、しかも当時は支那民国のみで、支那人民共和国す成立していなかった時期、を「虐殺」した日本人を憎むのか、そもそも反日感情などありうるのか?と聞いてしまった。かれは、他国、他民族による虐殺だから・・・と苦しい言い訳をしていた。
いや、飲んでいたのは我が国内で、幸いにもその時には、今ほどにまで支那の勢力が及んでいないため、その支那人も兎に角日本が悪い、とまでは言えなかったのだろう。具体的には、以下の回答をしました。
「それは、他民族だから、日本人の行為を恨むのです。しかし、××さんは歴史の事を良く勉強なさってますね。いやいや。」流石に日本に間借して暦の長い人らしく、日本人が追求しない逃げ方をしていた。。
ここで分かることは2つある。
現在の共産党政権下で、政権の唯一の正当性が対日戦勝利に有る以上、有史以来それに勝る国難、被害、惨禍、といった類のものは有り得ない。それは、支那共産党の看板が有る限り、毛沢東から皇帝が代を移しても揺らがない、ということ。あるルポライターの言葉を借りれば、日本は支那における永遠の極犯罪者なのだ。あまりに分かり切ったことを訊いてしまった。
もう一つは、消極的ながら、我が日本民族は、(最近どんどん怪しくなってきているが)支那のいわゆる大一統による中華民族への統一を免れているという事だろう。
こうして、たった60年少々の歴史しかない支那人ですら、ここまで自己の歴史に責任を持とうとしている事が分かった。彼らの反日は独裁者に認められた自らの存在意義であり、必死に反日をしているのだ。共産党の独裁支配の中で、共産党の公認する信仰以外に宗教が有り得ないのは、イスラム教やキリスト教の状況を見れば明らかたろう。
それに引き替え、我が国の左翼政権は同じ共産主義者でありながら、この1/10すら「母国」の自覚がない。現在政権を盗りながら、嬉々として魂の故郷、支那朝鮮のために、自分達の國を破壊することに専念しているのが民主党だ。日支双方で、尖閣問題に対する政府の対応を批判している。支那の場合、政府の方針と(許された)デモの主張は同一なので、問題はないのか。我々の場合は、それこそ反政府デモの訳だ。
以前、台湾で仕事をするのに、支那語をならった。先生は日本の大学を渡り歩いているフリーター研究者で、日本人(恥ずかしながら我が社の)経営者の支援を受けている方に教わっていた。ちなみに、この方は配偶者を含めての共産党員で、国策に従った一人っ子の親、そこそこ年輩である。
一回語学研修の打ち上げで、アルコールが入っていた為もあって、素朴な、今思えば当たり前過ぎて噴飯ものの疑問をぶつけてしまった。
つまり、支那人民共和国の人民は自国民(国家の構成員である国民のこと)を大量に、約1億人以上を虐殺している共産党より、わずかな(彼ら自身の代表が言う130万人程度の)支那人、しかも当時は支那民国のみで、支那人民共和国す成立していなかった時期、を「虐殺」した日本人を憎むのか、そもそも反日感情などありうるのか?と聞いてしまった。かれは、他国、他民族による虐殺だから・・・と苦しい言い訳をしていた。
いや、飲んでいたのは我が国内で、幸いにもその時には、今ほどにまで支那の勢力が及んでいないため、その支那人も兎に角日本が悪い、とまでは言えなかったのだろう。具体的には、以下の回答をしました。
「それは、他民族だから、日本人の行為を恨むのです。しかし、××さんは歴史の事を良く勉強なさってますね。いやいや。」流石に日本に間借して暦の長い人らしく、日本人が追求しない逃げ方をしていた。。
ここで分かることは2つある。
現在の共産党政権下で、政権の唯一の正当性が対日戦勝利に有る以上、有史以来それに勝る国難、被害、惨禍、といった類のものは有り得ない。それは、支那共産党の看板が有る限り、毛沢東から皇帝が代を移しても揺らがない、ということ。あるルポライターの言葉を借りれば、日本は支那における永遠の極犯罪者なのだ。あまりに分かり切ったことを訊いてしまった。
もう一つは、消極的ながら、我が日本民族は、(最近どんどん怪しくなってきているが)支那のいわゆる大一統による中華民族への統一を免れているという事だろう。
こうして、たった60年少々の歴史しかない支那人ですら、ここまで自己の歴史に責任を持とうとしている事が分かった。彼らの反日は独裁者に認められた自らの存在意義であり、必死に反日をしているのだ。共産党の独裁支配の中で、共産党の公認する信仰以外に宗教が有り得ないのは、イスラム教やキリスト教の状況を見れば明らかたろう。
それに引き替え、我が国の左翼政権は同じ共産主義者でありながら、この1/10すら「母国」の自覚がない。現在政権を盗りながら、嬉々として魂の故郷、支那朝鮮のために、自分達の國を破壊することに専念しているのが民主党だ。日支双方で、尖閣問題に対する政府の対応を批判している。支那の場合、政府の方針と(許された)デモの主張は同一なので、問題はないのか。我々の場合は、それこそ反政府デモの訳だ。
by Real-Kid
| 2010-11-01 21:50
| 実存の切片